成尾整形外科病院

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熊本そけいヘルニア整形外科クリニック

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足踏みテストでわかる!脊柱管狭窄症手術後の下肢回復パターン。馬尾型は要注意?

 

【脊柱管狭窄症と下肢の運動機能:高齢社会の大きな課題】

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腰部脊柱管狭窄症(ようぶせきちゅうかんきょうさくしょう)は、加齢とともに進行する背骨の変性疾患で、日本では約5.7%の人が罹患していると報告されています。

 

この病気は、神経が圧迫されることで足の筋力低下や歩行困難を引き起こし、日常生活の質(QOL)を大きく下げる原因になります。特に高齢化が進む現在、脊柱管狭窄症による下肢機能障害は、医療だけでなく介護・社会保障にも影響を与える深刻な問題です。

 

保存療法(リハビリや薬など)では限界があり、神経の圧迫が強い場合には手術が選択されます。しかし、手術をしたとしても、下肢の運動機能がどの程度、どのようなパターンで回復するのかは、これまで十分には分かっていませんでした。

 

なぜなら、従来の筋力評価方法である「徒手筋力テスト(MMT)」では、軽度な筋力低下を正確に捉えることが難しく、特に術後の細かな変化を見逃してしまうことがあるからです。

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福島県立医科大学からの研究では、「足踏みテスト(Foot Tapping Test:FTT)」という新たな評価方法を使って、脊柱管狭窄症の手術後に下肢運動機能がどのように回復するかを5年間にわたり詳細に分析しました。

 

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【足踏みテストとは?目に見えにくい運動障害を可視化】

足踏みテスト(FTT)とは、椅子に座った状態で膝を90度に曲げ、かかとを床につけたまま、足首を上下(背屈:はいくつ)に動かし、その回数を10秒間で数える簡単な検査です。

 

この検査は、足首を上に持ち上げる筋肉「前脛骨筋(ぜんけいこつきん)」の働きを数値で表せるため、目に見えにくい軽度な筋力低下でも客観的に評価できるという特長があります。

 

この研究では、2009年から2024年までに福島医科大学で脊柱管狭窄症の手術を受けた541人の中から、特にL5神経に関わる病変があり、かつ術前にMMTで正常(5点満点)と判定された193人を選び、最終的に有効なデータが取れた145人について5年間追跡調査を行いました。

 

調査では、手術前・術後3ヵ月・6ヵ月・1年・3年・5年の時点でFTTを実施。神経障害のタイプに応じて以下の3つに分類し、それぞれの回復パターンを比較しました。

 

神経根型(Radicular):一つの神経が圧迫されるタイプ

馬尾型(Cauda Equina):複数の神経が圧迫される重症タイプ

混合型(Mixed):両方の特徴を持つタイプ

 

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 【5年間で明らかになった3つの回復パターン】

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研究の結果、FTTスコアは全体として時間とともに有意に改善しました(p = 0.004)。特に神経根型では、術後1年・3年・5年すべての期間で有意な改善が続いており、継続的な回復が期待できることが分かりました。

 

一方、馬尾型では最初の1年である程度の回復が見られたものの、3年以降はスコアが横ばいになり、回復が頭打ちになる傾向**が明らかになりました。つまり、馬尾型の患者さんでは、回復の限界が早期に訪れる可能性があるのです。

 

混合型は少し特殊で、術後すぐと5年目に回復がみられたものの、1〜3年の間には有意な改善が確認されませんでした。これは、神経根型の回復力と馬尾型の限界が交錯するパターンと考えられます。

 

また、年齢が高いほど回復が悪くなる傾向も明確であり(p < 0.001)、これは加齢に伴う神経や筋肉の変性が影響していると考えられます。

 

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【早期手術の重要性と足踏みテストの臨床的価値】

 

今回の研究で特に重要な示唆は、馬尾型の患者さんでは、神経の損傷が不可逆的(元に戻らない)になる前に、できるだけ早く手術を行うことが重要であるという点です。

 

馬尾型では、神経が長時間圧迫されることで血流が悪化し、神経細胞が死んでしまう「アポトーシス」や筋肉の萎縮が進みやすくなります。さらに、運動量の低下が「サルコペニア(加齢性筋肉減少症)」を進行させることで、さらに回復力が低下してしまう悪循環に陥るのです。

 

こうした背景からも、運動機能の回復には"早期介入"が極めて重要であることが再確認されました。

 

また、足踏みテスト(FTT)は、MMTでは見逃されがちな軽度の運動障害を"見える化"できる新たなツールとして、術後経過のモニタリングやリハビリの効果判定、さらには自宅でのセルフチェックにも活用できる可能性があります。

 

将来的には、MRI画像や筋電図と組み合わせて、AIを用いた回復予測モデルに応用されることも期待されています。

 

【成尾整形外科病院で行われる低侵襲手術:内視鏡下椎弓形成術とは?】

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成尾整形外科病院では、腰部脊柱管狭窄症に対して、身体への負担を最小限に抑えた低侵襲な内視鏡下椎弓形成術(ないしきょうかつついきゅうけいせいじゅつ)を積極的に導入しています。

 

この手術は、背中に1椎間ではわずか16mmの小さな切開を行い、そこから内視鏡(細いカメラ)と専用の器具を挿入して、神経の圧迫を取り除く方法です。

従来の開放手術と比較して、筋肉へのダメージや出血が少ないため、術後の痛みや回復期間を大幅に短縮できるのが特徴です。

 

成尾整形外科病院には複数の「脊椎内視鏡技術認定医(日本脊椎脊髄病学会認定)」が在籍しています。

この資格は、厳格な審査をクリアした医師にのみ与えられるもので、高度な技術と安全性に裏付けられた内視鏡手術が受けられる環境が整っていると言えます。

 

【内視鏡手術の主なメリット】

 

* 傷口が小さく、術後の痛みが少ない

* 出血量が少なく、輸血のリスクが低い

* 筋肉や骨へのダメージが少ないため、早期の歩行が可能

* 入院期間が短く、社会復帰が早い

* 高齢者や持病を持つ方にも適応しやすい

 

このような先進的な手術環境により、術後すぐに科学的根拠に基づいたリハビリテーションを導入できるのも大きな利点です。

 

患者さん一人ひとりの症状に応じて、術前評価からリハビリ、生活指導に至るまで、チーム医療でトータルにサポートされる体制が整っています。

 

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【まとめ】

 

本研究は、脊柱管狭窄症の手術後の下肢機能回復が、神経障害のタイプによって大きく異なることを科学的に示した初めての大規模・長期追跡研究です。

 

また、足踏みテストというシンプルで定量的な評価法を用いることで、見逃されがちな運動機能の微妙な変化を把握できる点でも画期的でした。

 

特に、馬尾型では術後早期の回復があっても、その後は回復が止まる可能性があるため、手術のタイミングを見極めることが極めて重要です。

 

高齢者に多いこの病気に対し、いつ手術すべきか"の判断を科学的に支援できる新しい指標として、今後ますます注目が集まりそうです。

 

腰の痛みや足のしびれ、筋力低下を感じたら、早めに専門医へ相談することが、元気に歩き続ける未来への第一歩です。

 

【引用論文】

 

Kobayashi H, Watanabe K, Otani K, et al. *Recovery Patterns of Lower Limb Motor Function Following Lumbar Spinal Stenosis Surgery: A 5-Year Retrospective Cohort Study Utilizing the Foot Tapping Test.* Spine. Accepted for publication. DOI:10.1097/BRS.0000000000005516

 

 

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