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股関節痛に悩むあなたへ。従来の検査では見抜けない腸腰筋トラブルの発見法

 

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【腸腰筋腱障害とは?見逃されやすい"股関節奥の痛み"の正体】

 

腸腰筋(ちょうようきん)腱障害は、股関節周辺、特に鼠径部(そけいぶ:足の付け根)に痛みを引き起こす疾患です。

これは日常動作である「足を上げる」動きに関わる筋肉の不調で、歩行や階段の昇り降り、車の乗り降りなどで痛みが現れます。

 

この障害は特に、過度な運動や手術後(特に人工股関節置換術後)に起こりやすく、診断が非常に難しいとされています。

なぜなら、腸腰筋腱障害の痛みは非特異的で、股関節唇損傷や関節内の問題と似た症状を示すからです。

 

従来の診断方法では、主に脚の持ち上げ動作に対する抵抗テストが用いられてきましたが、これでは腸腰筋のすべての機能を評価できないという問題がありました。

 

【新しい診断法「HECテスト」が注目される理由】

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Figure 1:HECテストの実施方法

仰向けで膝を曲げた状態から、股関節を外旋・屈曲・外転して「4の字」姿勢を取り、同側の足を天井に向けて持ち上げる動作。腸腰筋の主機能(屈曲)と副機能(外旋)を同時に評価でき、疼痛の再現をチェックします。

最新の研究では、「HEC(Hip-External rotation-flexion-Ceiling)」テストという新しい徒手検査が注目されています。

このテストは、腸腰筋の主な働きである股関節の屈曲(足を前に上げる動き)に加えて、副次的な機能である外旋(脚を外側にひねる動き)を同時に評価する点が画期的です。

 

HECテストのやり方は以下の通りです:

 

1. 仰向けに寝て、患側の膝を曲げ、股関節を外旋・屈曲・外転させ、「数字の4」のような形を作ります。

2. その状態で足を天井方向に持ち上げるように指示します。

3. この動作で鼠径部に痛みが再現される場合、テスト陽性と判断します。

 

このテストの効果は非常に高く、感度94%、特異度88%、正診率を示すAUCは0.99という驚異的な数値が報告されました。

これは従来のどのテストよりも高い精度を誇ります。

 

【従来のテストとの比較:どれが本当に信頼できるのか?】

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Table 2:各テストのAUC・感度・特異度

HECのAUCは0.99、感度94%、特異度88%。他に有効とされたのは座位屈曲抵抗(AUC 0.96)、外旋抵抗(AUC 0.98)など。Thomas testやHEERは低評価。

研究では、HECテストに加えて10種類の従来の徒手検査も評価されました。その中で「良いテスト」と判断されたのは以下の3つでした:

 

* HECテスト(最も優れていた)

* 座位での股関節屈曲に対する抵抗テスト

* 座位での股関節外旋に対する抵抗テスト

 

これらはいずれも、腸腰筋の主・副機能の両方を適切に刺激できることが共通点です。

 

一方で、以下のようなテストは「有効ではない(poor)」と判定されました:

 

* トーマステスト(太ももを抱えるように伸ばす検査)

* SLR(仰向けで脚をまっすぐ持ち上げる)

* スナッピングヒップ(股関節が音を立てて動くかの観察)

 

これらは診断精度が低く、特に他の股関節疾患と鑑別が難しいケースでは、誤診につながる可能性があります。

 

 【なぜHECテストが有効なのか?解剖学的な背景から考える】

 

腸腰筋は、股関節の前面を通り、大腿骨の内側(小転子)に付着する筋肉です。

この筋肉の主な役割は脚を持ち上げる(股関節の屈曲)ことであり、副次的に脚を外にひねる(外旋)作用も持ちます。

 

HECテストでは、脚を「外旋+屈曲」した状態で天井に向かって持ち上げるという動作をとります。

この動きは腸腰筋の機能を最大限に引き出す構造になっており、腱の障害があれば非常に高い確率で痛みが再現されます。

 

そのため、単に脚を上げるだけのテストよりも、腸腰筋に特異的な反応を得られるというわけです。

 

【臨床での活用と今後の課題】

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今回の研究は、実際に腸腰筋腱障害と診断された44人の患者さんを対象に行われました。

注射による診断的治療(痛みが軽減するかどうか)を基準に、各テストの有効性を測定しています。

 

この研究によって、HECテストは非常に高い信頼性を持ち、診察室での評価に大いに役立つことが示されました。

特に、股関節の人工関節置換術後の痛みの鑑別には強い味方になるでしょう。

 

ただし、HECテストはやや複雑な動作を伴うため、高齢者や筋力・柔軟性が低下した方には難しい場合があります。

その際には、座位での抵抗テスト(屈曲および外旋)を代用することも可能です。

 

また、HECテストの正確性は実施者の技量に依存する可能性もあるため、今後は複数の医師による再現性の検証が必要です。

 

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# 【まとめ】

 

* 腸腰筋腱障害は診断が難しく、鼠径部の痛みの原因として見逃されがちです。

* 新たに考案されたHECテストは、従来の検査よりも高い診断精度を持つ有望な方法です。

* 臨床現場では、HECテストを活用することで、より正確で効率的な診断が可能となります。

 

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【参考文献】

Vandeputte FJ et al. *Evaluation of Clinical Tests to Diagnose Iliopsoas Tendinopathy.* Clin Orthop Relat Res. 2025;00:1-10.

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