成尾整形外科病院

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高齢者の腰痛に潜む"がん"のサイン―多発性骨髄腫と骨粗鬆症の見分け方

 

 


腰痛の裏に潜む重大疾患 ― 骨粗鬆症と見分けたい「多発性骨髄腫」の話

腰痛は、高齢者にとってごく一般的な症状です。

しかし、なかには「骨粗鬆症による椎体骨折」と思われたものが、実は血液のがんである「多発性骨髄腫」であることもあります。

日本脊椎脊髄病学会2025(幕張メッセ)で、多発性骨髄腫(MM)と骨粗鬆症による椎体骨折(OVF)の鑑別について発表してきましたので、研究結果をもとにご紹介します。


【骨折だけでは見分けがつかない?画像所見の限界と注意点】

多発性骨髄腫とは、骨髄の中で異常な形質細胞が増殖する血液のがんです。高齢者に多く発症し、骨を脆くして椎体骨折を起こしやすくします。

この病気では、腰痛や背部痛を主訴に整形外科を初診するケースが多く、実際には30〜60%が整形外科での初診と報告されています

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画像検査(X線やMRI)では、骨粗鬆症と似たような椎体骨折が見られるため、画像診断すなわち、見た目だけでは判断が難しいのが実情です。

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ある研究では、MRIで椎体骨折を認めても「良性の椎体骨折」と誤診されていた例が67%にも及びました

このことから、単に画像検査のみに頼るのではなく、「血液検査」との組み合わせが極めて重要になります。


【血液検査のポイントは?整形外科でも可能な"赤信号"のチェック】

多発性骨髄腫の診断において、血液検査は非常に重要な役割を果たします。

整形外科で行えるシンプルな血液検査からでも、「これはただの骨粗鬆症ではないかもしれない」と気づく手がかりが得られるのです。

実際に当院での研究では、骨粗鬆症性椎体骨折患者(443名)と多発性骨髄腫患者(3名)を比較し、以下の検査値が大きく異なることが明らかになりました。

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  • 補正カルシウム値(正常より高い)
  • 貧血所見(Hb、Htが低値)
  • A/G比(アルブミンとグロブリンの比)が著しく低下

これらは、MMの特徴である「高カルシウム血症」「貧血」「高蛋白血症」の兆候でもあります。

特に補正カルシウム値が9.44(OVF)に対して10.33(MM)、A/G比が1.33(OVF)に対して0.65(MM)と、有意な差があることを報告しました。

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つまり、一見ただの腰痛でも、検査で"赤信号"が出ていれば、より精密な診断が必要というサインなのです


【早期発見が命を救う ― 診断遅延を防ぐためのアプローチ】

整形外科では腰痛の患者が非常に多く、1人1人に血液検査をするのは現実的ではありません。

しかし、以下のような"Red Flags(警戒すべき症状)"がある場合には、積極的に検査を行うべきです。

  • 夜間痛や安静時痛が強い
  • 複数箇所の椎体骨折
  • 原因不明の倦怠感や体重減少
  • 骨折の経過が悪く、なかなか痛みが改善しない
  • 高齢男性で骨粗鬆症のリスクが低いのに骨折している

これらはすべて、多発性骨髄腫を疑う手がかりになり得ます。

また、画像診断だけで判断がつかない場合には、CTやPET-CTといった高度な検査の追加も検討されます。

早期に発見されれば、多発性骨髄腫の治療も進化しており、ボルテゾミブやレナリドミドなどの新しい治療薬によって予後は大きく改善される可能性があるのです


おわりに

腰痛=骨粗鬆症という固定観念にとらわれず、背景に潜む「がん」の存在を疑う視点が、私たち整形外科医には求められています。

多発性骨髄腫は珍しい疾患ではありますが、早期発見が患者の命と生活の質(QOL)を大きく左右します。

血液検査という"ちょっとした一手間"が、命を救うきっかけになるかもしれません。

p.s日本脊椎脊髄病学会の開催地の幕張メッセの横の会場では、スターウォーズの世界的な祭典が開催されていました。さまざまなコスプレをした個性的な人々が世界中から来日されていました。

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引用文献:

1.  戸田雄ら「多発性骨髄腫の初期診断における整形外科の関与」整形外科と災害外科, 66(4): 912-916, 2017【10】

2.  井上一由ら「椎体骨折の加療中に骨髄検査で多発性骨髄腫と判明した4症例」日本ペインクリニック学会誌, Vol.15 No.1, 2008【11】

3.多田広志ら「多発性骨髄腫の診断における整形外科医の役割」Journal of Spine Research, Vol.11 No.6, 2020【13】

 

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