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現場で役立つ腰痛診療のコツとエビデンス:研修医が知っておきたい初期対応とRed Flag
【腰痛患者の初期対応と鑑別診断、Red Flag】
腰痛はプライマリ・ケアの現場で非常によく遭遇する症状です。
腰痛ガイドライン2020では、「まずは問診と身体診察が極めて重要」とされています。
腰痛患者の初診時には、以下の点を必ず確認しましょう。
1. Red Flag(レッドフラッグ)の確認
Red Flagとは、腫瘍、感染、骨折、炎症、馬尾症候群(膀胱直腸障害や両側性神経障害)など、緊急性の高い重篤な疾患を示唆する兆候・症状です。
下肢の進行性しびれや麻痺、発熱、体重減少、癌の既往、夜間痛、外傷歴、ステロイド内服歴などを詳細に問診します。
Red Flagがある場合は、速やかに専門医へコンサルトや追加検査を検討してください。
2. 多くは「非特異的腰痛」
実際、画像診断や血液検査を行っても、85%以上は原因の特定できない「非特異的腰痛」となります。
問診と身体所見で鑑別を進め、必要に応じて画像検査を追加しますが、明確な神経障害やRed Flagがない場合は、画像検査を安易にオーダーしないことがガイドライン上も推奨されています。
3. 心理社会的要因(Yellow Flag)の評価
「痛みの持続や慢性化に影響する心理社会的因子」の重要性が強調されています。
職場や家庭のストレス、不安、抑うつ、受傷時の心理状況、復職に対する不安など、簡単な質問で良いので把握しておきましょう。
これらは後の治療方針・予後予測に直結します。
【腰痛治療のエビデンスと注意点】
腰痛の多くは自然経過で改善します。
ガイドラインでは「過度な安静よりも活動性維持」「心理社会的サポート」「適切な薬物療法」が柱となっています。
1. 活動性維持と運動療法
「痛みが強くても、できる限り日常生活を続ける」ことが重要です。
早期から無理のない範囲での活動や、運動療法(ストレッチ・有酸素運動など)が推奨されています。
2. 薬物療法の実際
- NSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬)
急性期の痛み緩和には有効。漫然投与はせず、最短期間で終了を心がけます。 - アセトアミノフェン
NSAIDs禁忌例での選択肢。 - オピオイド
原則短期間・他剤無効例のみ。依存・副作用に注意。 - 抗うつ薬・抗てんかん薬
慢性疼痛でのエビデンスは限られ、積極的には推奨されません。
3. 補助的治療
- 物理療法
温罨法(温める)は急性腰痛に短期効果。電気治療や超音波の効果は限定的。 - 鍼治療・マッサージ
一部で短期効果が報告されていますが、長期的な有効性にはエビデンスが不足しています。 - 認知行動療法(CBT)や心理的サポート
慢性腰痛・再発予防に有効。
運動療法との組み合わせで効果増強が期待できます。
4. 画像・検査のタイミング
画像検査(X線、CT、MRI)は「Red Flag」や神経症状など明確な根拠がなければ、原則として初期段階では控えます。
"患者の不安解消のため"だけの画像検査は避けましょう。
研修医が現場で陥りがちですが「安易な画像検査=診断と治療の質の向上」には直結しません。
5. 注射・手術療法
- 神経ブロック・関節注射
急性期の痛み緩和目的ですが、長期改善効果は不明。 - ラジオ波焼灼術
慢性関節性腰痛で一定の効果が期待できる場合もあります。 - 手術
神経障害や不安定性など構造的異常が明確でない場合、保存療法が原則です。安易な手術適応は慎むべきです。
【よくある落とし穴と研修医へのアドバイス】
1. 「Red Flag」を見逃さない
「よくある腰痛だから大丈夫」と思い込み、悪性腫瘍や感染、馬尾症候群を見逃すのが最大のピットフォールです。
特に高齢者、免疫抑制状態、がん既往歴のある患者では細心の注意を払いましょう。
2. 過度な安静指導は逆効果
「安静にしていれば治る」は過去の常識。今は「できる限り活動を続ける」ことが慢性化予防につながるとされています。
3. 検査と治療の「目的」を常に意識
検査は「なぜこの患者に必要か?」を意識し、むやみにオーダーしない。治療も「エビデンス」と「患者の希望・状況」をバランスよく考慮しましょう。
4. 「患者の不安」に寄り添う
「異常はなかったですよ」とだけ伝えるのではなく、「今後の見通し」「再発予防」「何かあれば早めに再診する」など、患者の不安に丁寧に対応することが信頼につながります。
5. チーム医療・多職種連携
慢性腰痛や心理社会的要因の関与が疑われる場合は、早期からリハビリスタッフ、心理士、ソーシャルワーカーとの連携も積極的に活用しましょう。
まとめ
- 腰痛患者の初期対応は「Red Flag」と「心理社会的要因」の評価が最重要。
- 治療の基本は「活動性維持」と「保存療法」。
- 画像検査や手術は明確な適応を見極める。
- 慢性化防止のためには、心理面や社会背景も重視。
- 常に「患者中心の診療」と「エビデンス」を意識しよう。
参考文献
Guideline summary review: an evidence-based clinical guideline for the diagnosis and treatment of low back pain.
D. Scott Kreiner, et al. The Spine Journal 20 (2020) 998−1024.
https://www.spine.org/ResearchClinicalCare/QualityImprovement/ClinicalGuidelines.aspx
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