はくざん 通信 第38号 2004. 2.19 ホーム はくざん通信の目次に戻る
血液が血管内で固まったり、血管が詰まったりして起こる病気です。血栓や塞栓のできる部位によって症状は異なりますが、重要な臓器である脳、心臓、肺などに起こると、脳梗塞、心筋梗塞、肺梗塞・塞栓症と呼ばれ、生命にかかわる事態となることがあります。
脳梗塞や心筋梗塞の原因となる血栓・塞栓は心臓や脳の動脈系に起こります。
肺梗塞・塞栓症を起こす血栓は下肢の深部静脈にできるもので、
@血流のうっ滞、
A血管障害、
B血液凝固能の亢進
の3つの因子が深く関係します。殆どは血流のうっ滞が主因です。手術後はこれらの因子が絡み合って下肢に血栓ができやすくなっています。
この号では、まだなじみの少ない肺梗塞・塞栓症を引き起こす深部静脈血栓症(Deep
Vein Thrombosis:DVT)をとりあげます。
肺梗塞を起こす深部静脈血栓症には、長距離旅行中の「エコノミークラス症候群」が有名ですが、手術後に起こる「下肢の深部静脈血栓症」も増加してきています。エコー(超音波)やCTで診断されやすくなった事、日本人の食生活や体形が欧米化し肥満が増えた事、高齢社会や手術数が増加している事などが重なり、日本でも増加していると言われています。
●深部静脈血栓症は整形外科や産科婦人科、一般外科では癌の術後に多い
症状の有無にかかわらず脊椎の手術では16%に、人工股関節では27%、人工膝関節では50%、大腿骨頚部骨折術後では44%に血栓が認められています(兵庫県、宝塚第一病院の藤田悟氏の報告)。無症候性の血栓の1/10 程度が症候性血栓となり、1/100 程度が致死的な血栓・塞栓症になっているのではないかと推定されています(国際肺塞栓症シンポジウムin仙台2003年12月)。
手術後の安静中に、静脈に血栓(血液の固まったもの)ができ、大きくなった血栓がその場所や流れて行った先の血管を詰まらせて起こる病気です。臥床(がしょう)中に血流が停滞しやすい下肢に血栓が発症しやすいのです。脚の静脈には皮膚のすぐ下を走っている表在静脈と、筋肉の奥にある深部静脈とがあります。
表在静脈が詰まると痛み、下肢の腫れ、静脈瘤(りゅう)などが現れます。深部の静脈は太く、肺に通じているので、血栓が肺まで流れて詰まる肺塞栓を起こしやすく、突然死をおこすことがあります(下図)。

深部静脈血栓症では、最初は無症状のことが多いのですが、脚の筋肉がつったり腫れたり張るような痛みが出ることもあります。術後の長期臥床後、歩行やリハビリを開始した頃、血栓が脚から流れ出て、肺の血管に詰まると、突然倒れたり、命にもかかわりかねない肺塞栓症を起こし、呼吸困難や心停止をおこすことがあります。肺塞栓症まで進行しなくとも、下肢の浮腫(ふしゅ)や疼痛で長期間治療を続けなければならない場合も増えています。
全身麻酔の手術後、下肢にできた血液の塊が肺動脈に詰まり、呼吸困難や心停止などを発症した事例が、2002年の1
年間に全身麻酔手術約83 万件のうち、369例ありました。2003 年11 月、日本麻酔科学会の調査での報告です。
発症率は患者10 万人あたり44人です。発症した369例のうち、66人が重篤な肺塞栓などで死亡しており「血栓症の予防策をとらなかったり、術後に長期間(4
日以上)寝たきりで発症した場合には、死亡率が高いことが明らかになりました。
深部静脈の血栓と塞栓を予防するガイドラインが日本麻酔科学会、肺塞栓症研究会など10 団体の作業により2001 年頃から作成が進んでいました。日本整形外科学会でも作業をすすめ、2004 年2 月に公開される予定です。要点が2003 年1 2 月に公表されましたので、ここでは解説を加えて紹介します。
患者の手術によって、深部静脈血栓症の危険性を4段階に分類(右表)。低リスク患者には、早期離床や積極的な運動、中リスクには弾性ストッキング、高リスクには間欠的空気圧迫法などを予防法に推奨、危険因子の強弱も示しています。
当院で主に行っている脊椎手術は「中リスク」に該当しています。
深部静脈血栓症の発症は、トイレ歩行、リハビリ、体位変換などを契機にして、下肢にあった血栓が流れだし、肺動脈の血管を詰まらせて肺血栓・塞栓症を起こすことが知られています。大きな血栓が流れて肺梗塞になると、突然の呼吸困難や突然死をおこすこともあり危険性が高いものです。
従って深部静脈血栓症の対応としては、発症してからの治療(血栓を溶かす薬)よりも「血栓をつくらない予防方法が重要」です。
血栓予防に最も効果があるのは早期離床と歩くことです。
安静臥床中の予防には、
@水分補給、
A禁煙、
B下肢の体操、
C弾性ストッキングの使用、
D間歇(かんけつ)的空気圧迫法で下肢を圧迫する方法、
などが薬物療法の前に薦められています。


*****上の図のテキスト部分を以下に、記します。********
リスク 手術例 予防法
低リスク 上肢の手術など 早期離床および積極的な運動
中リスク脊椎手術、骨盤・下肢手術など 弾性ストッキングあるいは間歇的空気圧迫法
高リスク股関節全置換術、膝関節 間歇的空気圧迫法あるいは低用量未分画ヘパリン
全置換術や股関節骨折手術など
最高リスク 高リスク+ 静脈血栓塞栓症の低用量未分画ヘパリンと弾性ストッキングの併用あるいは
既往歴や血栓性素因、肥満(BMI30 以上) 低用量未分画ヘパリンと間歇的空気圧迫法の併用

****上の図のテキスト部分を以下に、記します。********
●危険因子を3 つに分類
(1)弱い危険因子:肥満、エストロゲン治療、下肢静脈瘤
(2)中等度危険因子:高齢、長期臥床、うっ血性心不全、呼吸不全、悪性腫瘍、中心静脈栄養カテーテル、
がん化学療法、重症感染症
(3)強い危険因子:DVT の既往歴、先天性血栓性素因(生まれつき凝固能が亢進する家系)、抗リン脂質
抗体(後天的に血が凝固しやすくなる抗リン脂質抗体) 症候群、下肢の麻痺など。
1990年代まで、日本人には深部静脈血栓症は起こりにくく、まれなものと思われてきました。ところが日本での実態調査により、欧米と同じように頻度が高くなっていることが分かりました。血栓ができてからの治療よりは予防が重要ですので、厚生労働省も深部静脈血栓症の治療や予防に、2004年4
月から保険給付を開始する予定です。
2004 年3 月までは保健の給付はありませんが、深部静脈血栓予防用の医療用弾性ストッキングが比較的安価に販売されており、有用ですので紹介します。
医療用弾性ストッキングは一般ストッキングとは異なり、下肢を締め付ける圧迫力が大きく、しかも圧迫力が足首から大腿にかけて段階的に減少する段階的圧迫となっています。糸や編み方も一般のものと異なっています(右図)。

リスクの高い方は、水分補給、禁煙、弾性ストッキング、下肢の運動などで、自己予防が可能です。通常よりリスクの高い方は、低用量アスピリンの内服、空気圧迫法などの方法が検討できますので、主治医の先生や担当スタッフに御相談ください。

情報提供:Japan Medicine(じほう)、日経メディカル2003(12月)、2004(2 月) アルケア株式会社 :編集代表:野上俊光
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